大学eラーニングの今
第5回 eラーニングならではの学習支援 信州大学インターネット大学院
Web「学習カルテ」の試み
システムとコンテンツがあればeラーニングはできるのか――近年、大学でeラーニング担当者の、こんな問いかけをよく聞く。システムの導入、コンテンツの作成に力を注いできたが、思ったような効果が出ない、eラーニングが普及しない、という悩みや困惑が背景にある。システムとコンテンツというインフラの上に、どんな教育を実現するか、eラーニングだからこそ可能な教育・学習の質、学習環境の実現に向けた動きが生まれ、大学eラーニングがステップアップしようとしている。信州大学の工学系研究科情報工学専攻でも、eラーニングの質の向上と可能性の拡大を目指して、学習支援の方法やシステムの開発を進め、7割の学生が修了している。支援のポイントは何か、プロジェクトをリードする不破泰教授に聞いた。

不破教授
教科書を揃えれば教育できるか
信州大学の工学系研究科情報工学専攻は2002年、インターネット大学院(IT大学院)を開設した。学部で取り組んできたeラーニングの経験をもとに、社会人が働きながらeラーニングで学べる環境をつくった。通学制の大学院だが、インターネットで受講でき、基本的には大学に通学することなく、eラーニング教材で学んで大学院修了に必要な単位を取得できる。生涯学習の時代に求められる学習環境の実現を目指し、工学系領域でのeラーニングの方法や学習支援の方法を探ってきた。
初年度の2002年度の入学者は、日本初のインターネット大学院と評判も高く、80人を数え、03年度、04年度と70人を超える人気だった。6年間で390人が入学、し、08年4月で141人が学んでいる。入学者の大半が企業に勤めるサラリーマンで、30~40代が約8割を占める。50~60代の学生も1割ほどいる。
IT大学院は、キャンパスに通ったり、毎日特定の時間を学習に当てたりすることが難しい社会人が自学自習できるようeラーニング環境をつくった。eラーニング教材づくりに力を入れ、これまでに108科目分をつくった。
コンテンツはテキストベース。コンピューターのCPUの動作を示す場合など、文章で説明するより分かりやすい場合にアニメーションを使うことはあるが、教員の講義などの映像はない。そっけないほどシンプルなコンテンツだ。「工学系では数式や理論を理解することが大事なので、教員の表情などの情報は必要ない。そこは文科系と違うのかもしれません」と不破教授は言う。
eラーニング教材は複数の単元で構成され、各単元の終わりにドリル形式のテストを行い、レポート課題を課す。テスト、レポートに合格すると次の単元に進み、科目の全ての単元テストに合格すると、その科目を修了したと認定される。不破教授は「IT大学院では、eラーニング教材は教科書に過ぎない。学生が飽きない工夫をし、教室の授業で使う教科書より丁寧に書かなければいけない。時々、達成感も与えなければいけない」と教材づくりの重要性を指摘しながら、「教科書を揃えれば大学教育ができるだろうか」と問いかける。
自学自習の壁
eラーニングは1人でパソコンに向かって行う自学自習型の学習方法である。そのため、「インターネットで教材を与えれば学習者は学習する」という手間いらずの便利なシステムと見なす大学教員が少なからずいる。それは、eラーニングが登場した当初、「コンピューターに教育ができるか」と非難した教員の発想と裏表である。そこでは、eラーニングは「コンピューターが人の代わりになる」という誤解、思い込みがある。
たしかに、ドリルや予習復習など1人で学ぶ素材や環境としてeラーニングが有効なこともある。だが、総合的な教育は人、教員の存在なしにはできない。
不破教授は「はじめは、社会人は自分を律することができる。eラーニングでいつでもどこでも学べる環境を作ったのだから、どんどん学ぶだろう、と考えました」と言う。ところが、学習が停滞、中断する学生が出てくる。仕事が忙しかったり、疲れたりと理由はいろいろだが、いつの間にか学習から遠ざかる学生が出てくる。「いつでもどこでも学べるというのは、いつでもどこでもサボれる、ということ。いろいろな理由で『今週は、ちょっと休もう』となりがちです。その時、社会人だから干渉しない、本人の自主性に任せよう、というのは教育的にまずいことと考えました」と話す。
IT大学院がスタートして1年くらいたって、「意外に伸び悩む」ことに気付いたという。入学して間もなく、学習は順調に進む。だが、ゴールデンウイークころから単元を修了する速度が落ちてくるという。教員はそれぞれ、学生の学習意欲を高める工夫はしているが、それでも学習意欲の低下、学習の停滞が見られる。不破教授は「通信制の大学、大学院の修了率は10~30%程度」という資料を見て、「そうなったら大変」と2004年、組織的なサポートに取り組み始めた。
